【コラム】第3回 食べ方に現れる「美しさ」と「優しさ」~食の作法と正しい箸使い~
公開日: : コラム
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食べ方に現れる美しさと優しさは、ただ単に器の持ち方や扱い方が美しいことと誤解されがちですが、決してそうではありません。人は誰でも、一つひとつの食べものから命をいただき、自分の命に替えて生きています。つまり、「食べ物の命」と「自分の命」は同等なのです。食べ物が自分の前に運ばれてくるまでに多くの命が奪われていることを思えば、どのように食べるかという姿勢が大変重要だとお分かりになるでしょう。
命や人生と向き合う食事
子どもの頃、「ご飯を残すと目がつぶれる」と言われた経験はありませんか?お米を育ててくれた大自然の力と生産者の手間ひまに感謝する気持ちを抱くよう導き、一粒一粒のお米の命を無駄にしてはならないといましめるための言い伝えですが、なぜ目がつぶれると言われるようになったのでしょうか?おそらく、「小さなお米一粒を粗末にするようでは、“小さきところに宿る命”を大切にすることができない」、「“命の本質”をとらえる目が育たない」ということを表しているのだと考えられます。つぶれてしまう“目”とは、食べものにまつわる命の背景を理解することの出来る“心の目”なのです。
食事に対する心構えを記した「五観の偈(ごかんのげ)」という韻文があります。主に禅宗において食前に唱えられるもので、僧侶の食事作法の一つですが、道徳的普遍性の高い文章であるとして、禅に限らず多くの分野で引用されています。(「五観文」「食事五観文」「食事訓」とも呼ばれます。)このコラムの最後に内容を記しておきますので、食前のひととき、心を静かにして唱えてみてはいかがでしょうか? 食べものをいただくことのありがたさが身体に染み入ることと思います。
「ひと口の重さ」を感じることは、素材をしっかり味わい、美味しくいただくことに喜びを得られるようになることです。食事をいただくということは、空腹を満たすためだけのものではありません。毎日三度の食事は、一日に三回は自分自身と向き合い、人生や生活を見直すチャンスだと考えてください。
「箸は人なり」
今どきの婚活アンケートの上位には、男女共に「食事の所作がきれいな人」「正しい箸使いが出来る人」
が挙げられているそうです。まさに、“箸は人なり”。一緒に食事をしている相手の食事の作法が酷かったり、箸使いが幼かったりしたら、百年の恋も一気に冷めてしまうと思いませんか?
日本人の一生は「箸に始まり箸に終わる」といわれています。その人の人柄・人生観・歩んで来た道など、そのすべてが“箸の上げ下ろし”に現れると言っても過言ではありません。箸使いから「お里が知れる」というのはこのためです。さらに、正しい箸使いは、周りの人に不愉快な思いをさせることなく、美味しく楽しく食事をするための心使いでもあります。
箸を使って食事をする“箸食人口”は世界人口のおよそ3割ほどだといわれています。その中で日本は、スプーンやレンゲ等を使わず、箸だけで器用に食事を完結させる国です。加えて、器を持ち上げて食べる作法も特徴的なもので、手のひらに収まる器ならば持って食べるのが美しいとされています。そのため、ご飯茶碗や器を正しく持つ手にも、その人の品性が現れると言われているのです。
茶碗や箸の正しい扱いを身に付けることは、相手に対する優しさを示すことであるとともに、ご自身の品格にも関わることです。
配膳と所作
日本料理では、「ご飯が陽、汁が陰」と陰陽五行説によって定められており、「ご飯は左、汁は右」に置きます。食べる側にとってもこの置き方は大変機能的です。
それでは、食事の際の正しい所作について、具体的に見ていきましょう。
食事作法の機能美は、洗練された日本文化に根付いた「型」です。これが活かされるのは食事の時だけではなく、日常のあらゆる所作や姿勢に繋がっていきます。多忙な日常生活を送っていると忘れてしまいがちですが、コツコツと丁寧に積み重ねることで、自然と美しさは身について行くのです。いざという時に気後れしないためには、普段の生活の中で丁寧な所作を心がけておくことが大切です。
五観の偈(ごかんのげ)
一 計功多少 量彼来処 : 功の多少を計り彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る。
二 忖己德行 全缺應供 : 己が徳行(とくぎょう)の全欠を[と]忖(はか)って供(く)に応ず。
三 防心離過 貪等為宗 : 心を防ぎ過(とが)を離るることは貪等(とんとう)を宗(しゅう)とす。
四 正事良薬 為療形枯 : 正に良薬を事とすることは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為なり。
五 為成道故 今受此食 : 成道(じょうどう)の為の故に今この食(じき)を受く。
※宗派によって偈文の読み下しが若干異なります。
≪略訳≫
一、この食事がどうしてできたかを考え、食事が調うまでの多くの人々の働きに感謝をいたします。
二、自分の行いが、この食を頂くに価するものであるかどうか反省します。
三、心を正しく保ち、あやまった行いを避けるために、貪など三つの過ちを持たないことを誓います。
四、食とは良薬なのであり、身体をやしない、正しい健康を得るために頂くのです。
五、今この食事を頂くのは、己の道を成し遂げるためです。
ライタープロフィール
NPO法人 みんなのお箸プロジェクト専任講師 小柴皐月
幼少より、生田流箏曲を習い、それに伴い礼法、香道、茶道、煎茶道、など多岐に渡って和文化を学び、研鑽を重ねる。それらの稽古の中から“和の心と作法”の研究にも従事し、大学講師を経て、礼法・親子で学ぶマナー・暮らしの和文化・男子の作法・和食の作法・江戸の子育てなど、幅広いテーマで企業、治自体、豪華客船・学校関係などで講演。演奏家としても芸術鑑賞教室や国賓を歓迎する席での演奏をはじめ、国内外での演奏活動を精力的に行い、国際的に活躍している。
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