【コラム】 第1回 日本人と箸 ~和の精神を象徴する道具
公開日: : コラム
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「瑞穂国(みずほのくに)」と呼ばれる日本。瑞穂とはみずみずしい稲穂のことであり、その稲穂が豊かに実る国であるということから、古事記や日本書紀にもこの美称が用いられています。日本人の主食であるお米をいただく時に欠かせないのが箸であり、古来より様々な神事に用いられてきました。箸を使う国は他にもありますが、日本における箸はたいへん神聖なものであり、“使う人の魂が宿るもの”・“和の精神を象徴する道具”として、食文化の中で特に重要な位置にあるといっても過言ではありません。このコラムでは、普段、何気なく使っている箸に改めて目を向け、その背景にある歴史やストーリーをひもとくとともに、箸の持ち方や使い方・他者を気遣うマナーなどもご紹介してまいります。箸を通し、豊かで美しい日本の食文化や日本人の精神性に触れていただき、さらには、それらを次世代へと語り継いでいただけましたら幸いです。
■箸の持ち方に自信がありますか?
箸という話題が出ると、大抵、「正しい持ち方は…」という話になるものですが、皆さんは箸の持ち方に自信がありますか?
乳幼児を持つ保護者向けの講習で、私が「大人の七割が正しくお箸を持てていないという調査結果があります」とお話ししたところ、参加者の一人からこんな発言がありました。「安心しました。持てない親の方が多数派ということですね」。一瞬、私は次に続く言葉が見つかりませんでした。「確かにそうなのだけど、そこで安心してしまって良いの?」と、少なからず驚いてしまったのです。
数か月前、ある有名なスポーツ選手が自分の箸の持ち方をネットで公開し、「良くないのはわかるんやけど」とした上で「『正しい持ち方』ってのが昔から使いづらすぎるねん」「(箸で豆は)普通につまめます」と語りました。それが発端になり、変な持ち方を「令和のスタンダード」と表現したり、「箸の持ち方にも多様性があって良い」という意見が飛び出したり、ネット上では箸使いをめぐって様々な主張が繰り広げられました。
自称「箸婆さん」としては、正しく箸を使うことが出来ないことを、「多数派」「多様性」「令和のスタンダード」などという言葉で片づけたくありません。長い歴史の中で、先人たちが、どうすれば食べやすいかを工夫し作り上げてきた日本の箸は、多様な機能と繊細さを兼ね備えた食具です。そして、正しいとされる持ち方には合理的な理由があります。
箸について学ぶことは、「食事が食べやすくなる」「食べる姿が美しく見える」だけでなく、「一緒に食事をする方々への気遣い」「礼儀作法やマナー」「自然への畏敬の念」「食べものを育てる人・獲る人や、調理する人への感謝の心」等を身に着け、豊かな人間性を育むことにも繋がっていきます。また、「和の食文化を語れる」「美しい箸使いで食事が出来る」ということは、これからの国際社会で活躍する日本人としての大切な心得でもあると考えます。
■和の精神が脈々と受け継がれてきた
箸は、もともとは儀礼や神事に用いられていたと考えられており、そこには、自然の恵みに対する畏敬・感謝の念や、人と神、人と自然、人と人を繋ぐ「和の精神」が宿っています。
日本では、「箸は命の杖」と言われ、生まれてから死ぬまでお箸が生命を支えてくれると言い伝えられてきました。また、日本人の人生は、「箸に始まり箸に終わる」とも言われ、人生の重要な節目に箸が登場しています。赤ちゃんの誕生から100日目に行われる儀式「お食い初め」は、赤ちゃんが一生食べる物に困ることのない人生を送ってほしいという願いが込められています。そして、生きている間は毎日箸で食事をして命の糧を得、人生を閉じる時は箸で死水を与え、箸でお骨を拾います。日本語の箸の発音は、「橋」にも通じ、人生の様々な場面において、箸が「神様と人」や「人間同士」を「橋渡し(箸渡し)」するとともに、「生者と死者」「現生と死後の霊界」の仲介役も果たすと考えられてきました。
■箸の語源
「向こう(神仏の領域)」と「こちら(現世)」、二つの世界を“橋渡し”する、さらには、「自然界からの恵み」を食料として「人間の身体・いのち」へ“橋渡し”する道具であるということから、「橋」→「ハシ(箸)」という言葉が生まれたと考えられています。また、竹(お箸の素材の一種)が神様と人(者)を繋ぐ役目をするという意味から「箸」という漢字が出来たとも言われています。
大和言葉説:
「ハ」と「シ」の二音の組み合わせ
「ハ」物の両端、物と物との境目
「シ」物をつなぎ止める、固定する、静止する
神木説:
神様や人の生命が宿る「柱」から。(昔は「柱」には神様や人の魂が宿るといわれていた)
箸は小さな二本の柱であり、そこには使う人の魂が宿ると考えられていた。
鳥の嘴説:
鳥の嘴(くちばし)のように器用に動く「嘴(はし)」から。
人が箸を使う様子は、鳥が嘴(くちばし)で器用に食物をついばむ姿に似ている。
折箸説:
端と端を向き合わせる「端」から。
箸の元の形は、一本の竹を半分に折り曲げたピンセット型の「折箸」で、その折箸の端と端で食材をはさむことから。
■箸という字の「、」について
「箸」という字が、実は2種類あるということをご存じでしょうか?
箸という字は「者」の中の日の上に「`」がついています。これには外部からの侵入者を防ぐため集落の土塁の各所におまじないのお札のような物を埋め、その呪力を土塁に付着させて外敵から身を守ると考えられていたことによります。
この事からも、お箸は神事と深く関わっており、神聖な道具であったことが解ります。
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